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奨学金プログラムの奨学生会・保護者会のエンパワメントと村議会の能力強化を通じた、子どもの権利と福祉の向上事業(2015年度)

  • -フィリピン・ケソン州で支援活動を始めたきっかけを教えてください。

都市の問題に取り組むうち、背景に農村の貧困問題があると気づく
(特活)アクセス−共生社会をめざす地球市民の会(以下、アクセス)は、1988年に設立されました。1990年にフィリピンの首都マニラで事務所を開設し、フィリピンでの事業を行うようになりました。最初は、貧困問題に取り組む現地NGOの事業に経済的支援を行うと共に、それらの現地NGOに京都・関西の学生を参加者とするスタディ・ツアーの受け入れを行ってもらうというスタイルでした。その後、1992年からケソン市パヤタスのゴミ捨て場周辺コミュニティに入り始め、1993年・1994年とデイケアセンター(幼稚園)の校舎建設・運営を行いました。これが最初の自前の事業です。その後1997年からはパサイ市のスラムで事業を開始しました。1990年代は、都市のスラムの現実に圧倒されながら、徐々に独自の活動を模索していった時期だと言えます。

それらの活動を通じてフィリピンの貧困問題を学ぶうちに、都市の貧困問題の背景には、「大土地所有制」(一部の大地主が土地の大きな部分を所有し、大多数の農民が土地を持たず、小作農や農業労働者として地主や資本家の下で働く制度)やプランテーション(単一商品作物の大規模栽培)などを要因とする農村の貧困問題があることを知りました。農村が貧しいために職を求めて農村から都市へ人々が大量に流入していますが、他方都市部では産業が発達しておらず労働力人口を吸収できずにいる。都市部でまっとうな職を得られない人たちはスラムを形成し、さらに海外に職を求めて出稼ぎを行っています。こうして農村の貧困問題に取り組みたいと考えるようになり、1999年から(フィリピン北部にあるルソン島の中部)ケソン州アラバット島ペレーズでの活動を開始しました。

全戸訪問を通じて教育の問題が明らかに

奨学生とその家族

ペレーズでの活動を開始した当初は、家庭での養豚事業や、地域でよく栽培されているココナッツの殻を使った雑貨商品の製造と日本での販売(フェアトレード)といった、収入向上のためのプロジェクトに取り組みました。ペレーズにある14のバランガイ(フィリピンの最小の行政単位)の間で差が出ないようにと考え、養豚事業を毎年別のバランガイで実施するなど良くも悪くも“広く浅く”活動を行っていました。しかしながら、活動を行う中で住民のエンパワメントを事業の土台に据えるようになり、より継続的・効果的に活動を行うため、ひとつの地域に集中して複数のプログラムに取り組む方針に転換し、2009年からは(後に今井基金から助成された事業の実施地である)ビリヤマンサノ・スール村(人口約400人)を重点バランガイとして事業を展開し始めました。

ビリヤマンサノ・スール村で活動を開始するに当たり、現地のニーズを把握するために、まず全戸訪問調査を実施しました。その結果、同村では「就学年齢にある子どもの約2割が学校に行っていない」「大人のほとんどが小学校卒業か、小学校さえ卒業していない」ことが明らかになりました。また、保健衛生についての行政サービスが十分に行われておらず、栄養失調の子どもが多いことが分かりました。

そこで、“教育の問題”に取り組むことが、貧困の解決につながると考え、2009年から小学生を対象とした奨学金プログラムを開始しました。1年間で支援している奨学生の数は、初年度の13人から現在(2016年)では180人に拡大しています。また、近畿労働金庫の支援を受けて2010年から奨学生に対する給食活動も始めました。2015年度にはビリヤマンサノ・スール村の栄養失調の児童は5名ほどに減りました。

  • -今井基金では2012、13、15年度に、(奨学金プログラムへの助成ではなく)奨学生会と保護者会のエンパワメントや、行政が推進する「子どもの保護に関する村評議会」の能力強化活動を行う事業に助成させていただきました。この事業を実施する前はどのような課題があったのでしょうか。

子どもたちが抱える問題 ― 家庭内での暴言や暴力、性的虐待、栄養失調…

奨学生会のようす

『奨学生会』と、奨学生の家族(主に母親)からなる『保護者会』は、2009年の奨学金プログラム開始時から組織され、エンパワーを進めてきました。特に2010年からは奨学生・保護者を対象にした子どもの権利に関するセミナーを毎年開催し、その活動を通じて子どもたちが置かれている状況が見えるようになりました。特に家庭内では、親子関係で問題がある家庭が多いことが分かりました。「躾のため」といいながら、子どもに暴言や暴力をふるう親は少なくありません。また、近親者や地域の人びとによる性的虐待も起きていることがわかりました。

  • -助成事業で実施されたことを教えてください。

住民主体で子どもの権利や福祉について学ぶ

保護者会セミナーのようす

奨学生会と保護者会を対象に、子どもの権利と福祉に関するセミナーを実施しました。セミナーの内容は、a)子どもの特徴・発達・態度・振る舞いについての理解と子どもへの接し方、特に体罰や言葉による虐待にかんすること、b)身体的・精神的障害を持つ子どもたちの特徴と障害のある子どもたちへの接し方、c)虐待・搾取・差別から子どもを守るための法律と予防・ケア、少年法と非行の防止・介入です。企画・実施は私たちアクセスが中心となって行いますが、一方向で終わらないように、住民が主体となって学べるように意識して事業を実施しました。

『保護者会』のほかに、『子どもの保護に関する村評議会(BCPC)』の能力強化にも取り組みました。このBCPCは、フィリピン政府が各村で設立を奨励している組織で、住民参加の下、児童や青年の福祉、安全、健康、健全な道徳環境、全面的な発育を促進し、保証する諸施策を講ずる役割を担っています。同村では、2010年に保護者会の働きかけによってBCPCが発足しましたが、アクセスが能力強化に取り組むまで、実体のあるものとして機能していませんでした。そこで、BCPCのメンバーに対しても、子どもの権利と福祉についての啓発を行うと共に、研修旅行やネットワーキングを行いました。研修旅行では、BCPCメンバーと保護者会・奨学生会の代表が、BCPCの活動を成功させているマニラ首都圏の先進バランガイを訪問し、活動が上手くいくまでの様々な試みや努力について学びました。2015年にはBCPCに関するフォーラムを共催しました。

  • -現地にどのような変化がありましたか。

「僕にはお母さんやお父さんにさえ、虐待されない権利がある」

事業を通じて、親と子どもの双方に、意識の変化が生じました。象徴的なエピソードがあります。エドナさんというお母さんがこう話してくれました。「息子に『僕には、お母さんやお父さんにさえ虐待されない権利があるんだ』と言われた時には、本当にびっくりしました。」それまで、この地域では、子どもに対して大声を上げて罵ったり、言うことを聞かない子どもを叩くといったことは、日常茶飯事でした。しかし、子どもたちとその親にこうした意識の変化が現れたことで、今ではほとんど見られなくなりました。

地域の子どもの抱える問題を、行政に訴えられるように
親たちは自分の子どもだけでなく、近所の子どもにも関心をもつようになり、行政への要求というかたちであらわれるようになったことも、この事業の大きな成果だと考えています。例えば、家計を助けるために家事使用人として働いている子どもやいじめに遭っている子どもへの対応、配慮などが保護者会の議題にあがり、話し合われるようになりました。

その結果、BCPCや行政には、次のような変化があらわれました。
・子どもや女性に対する暴力について訴えがあった場合の対応プロセスが明確になった
・未成年者へのタバコや酒の販売禁止条例が成立した
・ALS(※)が実施されるようになった
・新生児の検診が毎月行われるようになった
・出生届を提出するよう村側から住民に積極的に働きかけるようになった

※ALS:代替教育制度。フィリピン教育省管轄のプログラムで、所定のプログラムに沿って学習し試験に合格すると、学校を卒業したのと同等の資格を得られる。

  • -事業を実施するにあたって、どのような課題や困難がありましたか。

継父による性的虐待 ― 地域と協力して対応
事業実施期間中、奨学支援を受けている女子が継父から性的虐待を受けた事件が起こりました。女子の母親(継父にとっての妻)も、継父から日常的に暴力を受けながらも経済的に依存していたため、母親は娘への性的虐待の事実を知りながら、第三者を交えて解決することに消極的でした。被害者の女子自身も、精神的に葛藤があり、第三者に相談するのを躊躇していました。

しかし、数年の活動を通して私たちと地域に信頼関係ができていたことで、現地職員に相談が寄せられ、保護者会やBCPCとも情報を共有しながら、解決に向けて動き出すことができました。まずは母親を説得し、女子をアクセス事務所で保護しました。そして、その間に警察と社会福祉開発省に通報し、継父はすぐに逮捕されました。そこで本人を家庭に戻し、法的手続きを進めました。継父は今も拘置所におり、裁判が継続しています。

こうして、性的虐待からは逃れることができましたが、本人の精神的ダメージが大きく、母親への憎しみも募っており、また母親は傷ついた娘とどう接したらいいかわからないため、親娘関係がぎくしゃくし、女子は中1で学校を中退して都市に出て働くようになりました。今も大半の時期は都市で働き、母親は村に残って暮らしています。本人と職員は連絡をとっており、裁判は継続していますが、母親はあまり協力的ではありません。

法的な手続きを取って以降、加害者(継父)の兄弟が村まで来て「告訴をしたのは誰だ」と探し回るという報復的な暴力行為の危険が感じられる出来事もありましたが、地域の理解や協力のおかげで職員が直接被害を受けることは避けることができました。

成人男性への働きかけが課題
保護者会に参加しているのは奨学生の母親が多く、また普段子どもに接し、躾をするのは母親である割合が大きいため、家庭内での子どもに対する接し方は大きく改善したと思います。一方で、成人男性にどのように働きかけ、子どもの権利についての理解を促進していくかが課題ですし、男性から女性への暴力はいまだ地域の問題として残っており、今後の課題となっています。

  • -今後、どのように活動を展開したいとお考えですか。

今年(2016年)、奨学金プログラムのインパクト調査を現地で実施し、その結果をもとに今後の活動について議論する予定でおります。そのため、具体的な活動方針は申し上げられないのですが、奨学金プログラムや、奨学生会・保護者会への子どもの権利についての啓発活動は、今後も必要だと考えています。

今井基金からの助成金を受け、「子どもにやさしいコミュニティの建設」を目指して活動に取り組んだことは、私たちの団体にとって初めての経験で、とても貴重な学びがありました。地域でのニーズも高く、昨年(2015年)からは別の村でも同様の取り組みを開始しています。また、地域から活動について具体的な提案が寄せられるようにもなり、今後も地域で活動をしていくための基盤をつくることができました。

  • - どうもありがとうございました。