• 基金設定者について
  • 当基金の概要
  • 助成事業一覧
  • これまでの助成実績
  • 受益団体からの声
  • 公益信託制度とは
  • 応募するには
  • お問い合わせ
  • サイトポリシー

カンボジア王国スバイリエン州タナオコミューンにおけるベトナムへの出稼ぎによる子どもの人身取引および児童労働防止プロジェクト(2013年度)

特定非営利活動法人国際子ども権利センター
代表理事 甲斐田万智子さん、事務局長 小和瀬陽子さん
  • -カンボジアで支援活動を始めたきっかけを教えてください。

たった5ドルや10ドルで性的搾取の被害にあうカンボジアの子どもの状況に憤り

 カンボジアで活動を始めたきっかけは、2001年に横浜で開催された「子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議」への参加でした。この会議で、性的搾取の被害にあった子どもたちのトラウマからの回復が非常に困難であること、また、近隣のタイやフィリピンに比べて法整備が遅れていて、貧困人口が多いカンボジアでは、5〜10ドルで簡単に子どもが性的搾取されている現状を知り、強い憤りを感じました。それまでも(特活)国際子ども権利センター(以下、C-Rights)では、児童労働、ストリートチルドレン、性的搾取の3つを、最も厳しい状況にある子どもたちと位置づけて、性的搾取の問題について啓発活動を行っていましたが、現場での直接的な支援には取り組んでいませんでした。横浜での会議以後は、それまで中心的に取り組んできたインドの児童労働の問題に加え、性的搾取の問題についても本格的に取り組んでいこうと、2002年にカンボジアを訪問し、2003年からカンボジアで活動を開始しました。

ベトナムに出稼ぎに行く村人が多い地域で活動を開始
 当初は南東部にあるプレイベン州で、現地NGOと協力し、学校や地域で人身売買を防止するネットワークをつくり、子ども自身が人身売買について学び、普及する活動に取り組みました。この活動で一定の成果を上げることができたため、他にもっと支援の必要な地域がないだろうかと探していたところ、ベトナムと国境を接するスバイリエン州には深刻な貧困と子どもの出稼ぎの問題があり、支援するNGOの取り組みも弱いということを知り、2006年からスバイリエン州で活動を開始しました。ここでも現地NGOと協力してプレイベン州と同じような活動から始めて徐々に活動地域を広げ、人身売買防止のための啓発活動に加えて収入向上活動を開始し、活動の幅も広げてきました。
 その過程で、タナオ・コミューンには特にベトナムへ出稼ぎに行く住民が多く、特に子どもたちの多くが物乞いをさせられており、人身取引やさまざまな暴力の被害に遭いやすいということがわかってきました。そこで、タナオ・コミューンに特化した事業を独自に始められないかと考え、2011年から活動を始めました。

  • -支援活動を始められた当時の、タナオ・コミューンの状況を教えてください。

出稼ぎのほうが、農業より楽にお金を稼げる
 タナオ・コミューンの住民の多くがベトナムで出稼ぎをする*のは、ベトナムに出稼ぎに行ったほうが地元で農業するよりも楽に稼げるからです。出稼ぎ先では小学校低学年の子どもや乳幼児連れの女性は物乞いをし、男性は農作業や宝くじの販売をするのですが、中国正月(2月)やカンボジアの正月(4月)とお盆(9月)などの時期に、数日から1週間程度出稼ぎに行く例が多いようです。短期間で多額のお金が手に入るので、地元に戻った後も農業へのやる気が湧かなくなったり、お酒やギャンブルに走ってしまう人もいます。
 子どもを出稼ぎに出すことをよしとせず、地元で農業に専念する住民もいますが、ベトナムの商人から化学肥料や農薬を大量に買わされるために借金漬けとなり、収穫したお米では、借金を返せずに担保をすべてとられてしまうこともあります。こうした農家は出稼ぎに行く住民から逆に見下されることもあり、両者の間には対立があります。

出稼ぎが子どもたちに与える悪影響 ―学校の退学、性的搾取、暴力…
 子どもに目を移すと、出稼ぎをきっかけに学校に通えなくなることが大きな課題です。 子どもは数日間でも学校を休むと、再び通い始めるのを躊躇してしまいますが、ベトナムに出稼ぎに出ている間にベトナム当局に保護された場合などは、保護センターで2〜3か月過ごさなければならないため、地元に戻った後も復学せずに退学してしまう子どもも多くいます。
 ある悲惨な例では、わずか5歳でベトナムに出稼ぎに行き、そのまま親とはぐれたのか地元に帰ってこられなくなり、カンボジア語を忘れてしまった子どもがいました。中学生ぐらいの年齢になって、帰ってくることができたのですが、その頃にはベトナム語しか話せず、親ともコミュニケーションがとれなくなっていました。ベトナム以外にもマレーシアに少女たちが出稼ぎに出されるケースも多く、そうした少女たちの中にも行方不明になったり、さまざまな虐待のトラウマに苦しんだりする少女たちがいます。
 出稼ぎをしている間は、当局に保護されないように、見つかりづらい路上で寝泊まりをするのですが、そうした場所は危険で、性的搾取や暴力の被害に遭いやすい状況にあります。インドでは路上生活をしている子どもの90%が性的搾取の対象となっているというデータもあります。

*タナオ・コミューン内のクバル・タノル村(かつて物乞い村と呼ばれていた)で2012年に実施した調査によると、全世帯の約25%が出稼ぎに関わっていることがわかった。

  • -タナオ・コミューンでの活動について教えてください。




 タナオ・コミューンでは、子どもや地域住民に対して子どもの権利や搾取についての啓発活動と、保護者の収入向上に取り組むことで、子どもたちが出稼ぎによって性的搾取や暴力の被害に遭うことを防ぎ、教育を継続できるようになることを目指して活動しています。

地域での子どもの学びあいの活動を促進
 子ども対象の活動としては、4つの小学校でピア・エデュケーターを育成し、子どもの権利や児童労働について子どもから子どもへ普及する活動を行いました。さらに、2013年度からは今井基金の助成金を活用し、地域での学びあいの活動で、学校に通っていない子どもも参加することができる「子どもクラブ」の活動を始めました。現在、コミューン内の全11村のうち、8村で子どもクラブの活動支援を行い、遊びながら子どもの権利や児童労働について学んだり、地域の清掃活動に取り組むのを支援しています。
 最近、子どもクラブでは、C-Rightsの現地スタッフがそれぞれの子どもからお金を預かって、大切に保管するという貯蓄活動を始めました。子どもたちは、親から食事・おやつ代などとして日に500リエル(12-3円)程度の少額のお小遣いを与えられることがあり、そのお金の一部を貯金することで、貯金の習慣を身につけ、親が支払えない学用品を購入することを目的としています。現在は、10月から始まる新学期の学用品を買ったり、両親にプレゼントをすること目標に、子どもたちは貯蓄に励んでいます。この貯蓄活動を始めるにあたって、子どもたちからは「みんなでお金を集めて、貧しい子どもが学校に行けるように支援したい」というアイデアも出て、子どもたちの優しさには驚かされました。

「村をふるさとにしよう」−出稼ぎをしなくても生活ができる村へ
 一方、保護者の収入向上のための活動としては、出稼ぎに頼らずに農業で生計を立てていくことに賛同してくれる農家を探すことから活動を始めました。タナオ・コミューンはベトナムへの移住者も多く、地域に愛情をもつ人が少ない状況でしたので、「村をふるさとにしよう」と訴えて、その思いに共感してくれる人を募ると同時に、意識啓発に努めました。2012年には20名ほどが農民代表(キーファーマー)に名乗りをあげてくれました。カンボジアでは、NGOなどの援助に依存する気持ちを持つ人も多くいるため、住民自身がオーナーシップをもって活動する意識をもってもらえるよう、このプロセスには非常に労力をかけました。
 2013年1月には、農民代表の一部が他州(コンポンスプー州)の有機農業の取り組みを視察し、そこで学んだ技術などを他の農民に普及するようになりました。さらに、同年3月には貯蓄グループが設立されました。農民代表を中心とした農業の取り組みは大きく進展し、2014年2月には農業組合(メンバー数:120人)が設立され、C-Rightsの手を離れて農民自身が独立して活動する体制が整いました。農民組合では、農業技術の普及や貯蓄・融資活動、種の共同仕入れと低価格での提供などに取り組んでおり、将来は農産物の共同販売などにも取り組みたいとしています。
 農業組合は、C-Rightsがすすめる子どもの活動に賛同し、地域で発生した子どもの問題についても情報を共有してくれるので、今後も重要なパートナーになると思います。

  • -活動によって、子どもたちにどのような変化が現れていますか。

自分の意見を発言する「勇敢な」子どもが増えた
 現地スタッフからは、子どもたちが勇敢になり、自分の意見を発言できるようになったと報告を受けています。例えば、「親から学校をやめてベトナムに出稼ぎに行くように言われた」などの話を子どもクラブで話してくれるようになりました。
 子どもの親や祖父母の多くは子どもクラブの活動を歓迎していますが、中には、子どもの時間がとられることをよく思わず、家にいるように言う家族もいます。それに対して、子ども自身が「子どもクラブで学べることは自分の将来にとって大切なことなんだ」と主張して、親や祖父母を説得したという話も聞きました。

グループ同士に良い競争意識が生まれ、工夫して活動するように

 現在ある8つの子どもクラブの間に良い意味での競争意識が生まれ、子どもたち自身のアイデアで活動し、「僕たちはこういう活動ができるよ」と見せるようになりました。リーダーが違法な出稼ぎやDV(家庭内暴力)、子どもの物乞いなどについて独自のストーリーを作り、そのストーリーを使って子どもに啓発活動を始めたクラブもあります。

「高校までは卒業したい」−教育の意義を理解し、継続に意欲
 また、学校でのピア・エデュケーターの活動を通じて、子どもたちが学校に通い続ける意欲を持つようになりました。タナオ・コミューンには中学校までしかなく、高校に進学する子どもはほとんどいなかったのですが、今では「高校までは卒業したい」と考えている子どもが増えています。「学校に通い続けて知識を得ることができれば、将来的に家族を助けることができる。逆に教育レベルが低ければ、良い生活を送ることができない」と考えるようになったようです。

  • -今後、どのように活動を展開したいとお考えですか。

 あと3年間は支援を続け、子どもクラブとピア・エデュケーターたちが自分たちで活動を続けていく体制を作りたいと思っています。その結果、子どもと親の間で、出稼ぎをせずに生きていこうという意識が自然と生まれ、共有されることを目指しています。
 また、これまで取り組んできた子どもの権利や児童労働、性的搾取の問題に加え、タナオ・コミューンで課題となっているリプロダクティブ・ヘルス*や児童婚の問題を取り上げ、トレーニングや知識の普及に努めていきたいと考えています。
 さらに、子どもや若者が、農民組合や農民代表(キー・ファーマー)と連携して、農業技術を学び、将来生きていくためのスキルを身につける支援にも力を入れていきたいです。

*リプロダクティブ・ヘルスとは、妊娠・出産のシステムおよびその機能とプロセスのすべての側面において、単に疾病、障害がないということではなく、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることをいう。

  • - どうもありがとうございました。