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現地ラジオ番組「VOICE OF HEART」と村内ワークショップを通しての地雷・不発弾危険回避教育(2011年度)

  • -カンボジアで地雷・不発弾被害者のためのラジオ番組を始めたきっかけを教えてください。

一般財団法人カンボジア地雷撤去キャンペーン(以下、CMC)は、地雷撤去、被害者救済を目的として1998年5月に活動を開始しました。当初は、現地パートナー団体への資金援助が中心でしたが、徐々に活動の幅を広げ、2004年からは現地事務所を地雷・不発弾被害の多いバッタンバン州に開設し、日本人スタッフの派遣・駐在を始めました。初代駐在員は私(現・事務局長の古川さん)でした。

始まりは、地雷原の村での学校建設
まず取り組んだのは、カンボジア内戦時に激しく戦闘が行われ無数の地雷が埋設されていたボップイ村(バッタンバン州モールセイ郡モーン)の小学校建設でした。当時、村に電気・ガス・水道などはなく、藁葺き(わらぶき)屋根の学校があるだけでした。子どもにしっかりとした教育を受けさせたいという村人からの要望を受け、コンクリート造りの校舎を建設しました。

この間、多くの地雷・不発弾被害者の方々にお会いし、お話を伺いました。その中で、地雷や不発弾で手足を奪われた後、仕事がなく家に引きこもらざるをえないことや、家族や周囲の村人から差別を受けていること、その結果前向きに生きることができない人が多いことなどを知りました。被害者の方々と交流を深めながら、地雷撤去作業や治療活動以外に彼らが必要としていることはないか、CMCにできることは何かを考える日々が続きました。

仲間と集まる義足センターで「村に戻りたくない」
そんな中、カンボジア赤十字が運営する義足センターを訪問する機会がありました。地雷・不発弾の被害を受けて足を失い、義足を使う人々は、年に1回、リハビリや義足の調整のために義足センターを訪れます。そこでは、同じ境遇の人々が集まるため、被害者の方々は大変楽しそうに過ごしていました。口を揃えて「村には戻りたくない」と言う被害者をみて、同じ境遇の人たちと互いの辛い経験や悲しみを語り合うことで、元気になれるのだと気づきました。

その後、カンボジア各地を訪問する中で、地方ではテレビはないが、多くの人がラジオを聴いていることを知り、ラジオを使って地雷・不発弾被害者の方々の心のケアになるような取り組みができるのではないかと考えました。


  • -地雷・不発弾被害者のためのラジオ番組を考案されてから、実際に放送されるまでに取り組まれたことを教えてください。

地雷・不発弾被害者専用ラジオ番組―全員が「聴きたい」
まず、地雷・不発弾被害者のためのラジオ番組は本当にニーズがあるのか、職業訓練校、病院、リハビリセンターなどで、地雷・不発弾被害者約50人にアンケート調査を行ったところ、なんと回答者全員が「ラジオ番組を聞きたい」と答えたのです。予想以上の反応に、私自身も大変驚きました。

放送局探し、コンテンツ作り、資金調達に奔走
アンケート調査でニーズがあることを確信した私たちは、次にラジオ番組の放送局を探し始めました。当時、カンボジアには国内に15〜20のラジオ放送局があり、各局から見積りを取り、(1)地雷・不発弾被害者の多い地域をカバーしていること、(2)放送時間1時間を確保できること、(3)料金がリーズナブル、という条件で比較・検討しました。最終的に、首都プノンペンと、地雷・不発弾被害の多いバッタンバン州、シエムリアップ州の3つの放送局の放送枠を押さえました。

それと並行して、放送番組の具体的な内容についても検討を始めました。以前、義足センターで目にした、自分たちの気持ちを話すことで元気になっていく彼らの姿をヒントに、「被害者の気持ちの表現」と「被害者同士のコミュニケーション」に重点を置くことにしました。具体的には、(1)長年会っていない家族や恋人へ向けての手紙(2)被害に遭った状況や今の心境を綴った詩、の2つを柱とし、カウンターパートナーである地雷撤去団体や職業訓練校、病院、リハビリセンターなどに協力を依頼しました。さらに、被害者・健常者ともにラジオ番組を楽しんでもらえるよう、番組中に音楽を流すことや、カンボジアで最も人気のある歌手やコメディアンなどをDJとして起用し、また被害者をゲストに迎えるなどの企画を考案し、実現に向けて調整しました。

また、ラジオ番組の放送にかかる費用の調達にも同時に取り組みました。ラジオ番組の制作・放送はまだ試験段階で、成功するかどうかわからない状態でしたので日本からの寄付金を使うことはできませんでした。そこで、カンボジアの電話帳を広げ、大きそうな企業や大学にアポイントを取り、ラジオのスポンサーになってもらえないかと訪問して回りました。集まった寄付金は1社あたり5,000円〜1万円と決して多くなく、それだけで必要な費用を集めるのは難しい状況でしたが、私たちのカンボジアでの健闘を知ったCMC代表の大谷が、日本でも寄付金集めに奔走してくれました。


  • -ラジオ初回放送の反響はいかがでしたか。

2005年1月、初めてのラジオ番組を放送
初回放送は、2005年1月26日から2週間(プノンペンで1週間・計7回、バッタンバン州・シエムリアップ州で1週間・計7回)行いました。

この番組を宣伝するため、事前に学校、職業訓練校、病院、リハビリセンターなどにポスターやチラシを配ったり、テレビに出演してラジオ番組の告知をしました。

こうした広報活動や、番組に有名DJを起用するなどした結果、多くの方に試聴していただくことができました。放送後、ポスターやチラシを配布した施設を再度訪れ、アンケート調査を行いました。その結果、数百人から回答が得られ、回答者のうち健常者の20%、被害者の30〜40%がラジオ番組を聴いていたことがわかりました。

「また聞いてみたい」「自分だけが苦しんでいると思っていた」「元気が出た」
番組では、障がい者バレーのエースアタッカーや、車いす工房で働く方など、地雷・不発弾の被害を乗り越え前向きに生きている方々をゲストに迎えて話を聞いたり、地雷・不発弾被害者から集まった数々の詩を紹介しました。

番組を聴いた被害者からは、「また聞いてみたい」「自分だけが苦しんでいると思っていた」「ラジオを聴いて気が楽になった、元気が出た」といった感想が寄せられました。また、番組内で紹介した病院やリハビリセンター、職業訓練校について、今まで知らなかった方も多かったようで「有益だった」という感想をいただけました。アンケート調査の感想欄には、多くの方がぎっしりと感想を書いてくださり、その熱意に大変感動しました。

このようなリスナーからの反響や期待に応え、その後もラジオ放送を続けることになりました。第一回のラジオ放送終了後、アンケート調査は後任スタッフに引き継ぎ、日本に帰国しました。当団体では、若者に現地での経験を積んでもらうため、1年ほどの周期で大学生などを駐在員として現地に派遣していますが、ラジオ番組の制作・放送はその中心的な仕事と位置付けられ、今に至っています。


  • -今井基金からの助成を受けて行った2011年度の活動について教えてください。

「問題解決まで続けて欲しい」リスナーから根強い支持続く
2011年度は、地雷・不発弾被害の多いバッタンバン州、バンテアイミエンチャイ州でそれぞれ17回ずつ、計34回のラジオ放送を行いました。ラジオ番組では、番組開始以来、中心的に取り組んできた地雷・不発弾被害者の「心のケア」と「治療や就職に役立つ情報の発信」に加え、新たな被害を減らすために、最近の事故のニュースや被害者の声の放送を通じての注意喚起を行いました。

リスナーへのアンケート調査は今でも継続しており、番組にフィードバックしています。アンケートでは「地雷・不発弾の問題が解決されるまで続けてほしい」といった継続を願う声をたくさん寄せられ、ラジオ番組が役立っていることを実感しています。カンボジアという異国で始めた取り組みが、現地の方々にこんなにも喜ばれていることに大きな感動を覚え、これこそがNGO活動の醍醐味であると感じています。

ラジオ番組の放送に加え、地雷・不発弾危険回避教育を開始
さらに2011年度から、事故が発生した村やその近隣地域で、地雷・不発弾危険回避教育を始めました。カンボジアでは、子どもが不発弾で被害を受けるケースが多く、子どもの地雷・不発弾被害の約70%が不発弾によるものだと言われています。ペットボトルやオモチャなど子どもの好奇心を引く形状の不発弾が多くあり、子どもが知らずに触ってしまい、爆発するケースが少なくありません。逆に言えば、子どもが不発弾について知識を深め、不発弾を見ても触らないようになれば被害は減らすことができます。そこで、バッタンバン州で5回、バンテアイミエンチャイ州で2回のワークショップを行い、不発弾の形や危険性について説明しました。

ワークショップを行った村では、不発弾についての啓発ポスターと一緒にラジオの告知ポスターを貼ってもらいました。ラジオを通して、地雷・不発弾の被害に遭われた方の話を聞き、被害に遭った時の状況やその後の心身の状況などを知ることで、地雷・不発弾被害の恐ろしさをより深く理解することができます。このように、村を訪問しての危険回避教育とラジオ放送を同時に行うことで、相乗効果を期待しました。

2011年のカンボジアにおける地雷・不発弾被害者数は、2010年の286人から211人に減少しました。これは、地雷・不発弾の撤去が進んでいることと同時に、危険回避教育が浸透した成果だといえると思います。

課題は危険回避教育の資金確保と、新たな戦闘被害の最小化
一方で、課題もあります。ひとつは、CMCの現地パートナー団体であり、カンボジア政府直轄で地雷・不発弾の撤去、危険回避に取り組むCMAC(Cambodian Mine Action Centre、カンボジア地雷行動センター)への国際機関からの支援が停止したことです。これにより、地雷・不発弾撤去や被害者支援に比べ優先度の低い危険回避教育の活動が一部休止・減少し、当初本事業で予定していた危険回避教育も一部開催できなくなりました。危険回避教育の有効性は証明されているため、今後は広く危険回避教育への支援の必要を訴えていきたいと考えています。

また、2011年2月には、世界遺産プレアビヒア寺院周辺の国境未確定地域をめぐるタイとカンボジアの対立が激化し、タイ軍がクラスター爆弾を使用する事態となりました。そこで、CMCは危険回避教育が早急に必要と判断し、2011年5月から6月にかけてプレアビヒアで3分のスポット放送を41回、1時間番組を4回放送しました。今までのところ、新たなクラスター爆弾の被害は出ていません。


  • -今後、どのように活動を展開したいとお考えですか。

これからも、地雷・不発弾被害者の自立支援と、地雷・不発弾被害者の削減を活動の柱として取り組んでいきたいと思います。

現在、カンボジアには地雷・不発弾が400万〜600万個残っていると言われ、現在の撤去スピードでは完全撤去までに80〜100年かかるとされています。被害者を減らすためには、やはり危険回避教育が重要だと考えています。

今後も日本の寄付者の皆様のご支援や、カンボジアの現地企業からの協力を得て、可能であればラジオ番組の放送期間や頻度を増やし、地雷・不発弾被害者や地雷・不発弾の多い地域に住んでいる人々に適切な情報を発信していきたいと思います。

  • - どうもありがとうございました。